無報酬労働の洗脳?道徳の教科書
どもー!
今日のニュースでこんな記事を見つけました。
全文表示 | 「ご褒美もらわなくても仕事続ける」 小学校の道徳教科書の表現に賛否 : J-CASTニュース
概要としては、
小学二年生の道徳の教科書の内容が、
「残業代も支払わないようなブラック企業を肯定することになりはしないか」
と、心配の声があがっているというものです。
その内容については、以下、リンク記事から引用しますね。
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テーマは、「みんなのためにはたらく みんなのやくに立つしごとには、どんなものがありますか」というもので、大地震で隣町が大変なことになったとの想定で道徳上の問いかけが行われる。
大勢の大人が助けに出かけたが、町に残った人も働く人が少なくなった。そんな中で、ポンタくんら動物7人は、自分たちにできる仕事はないか相談し、草取りをしたり、赤ちゃんをあやしたり、浴室を掃除したりすることを思い付いた。
7人はその後、被災地で仕事をしたらしく、町長から「進んで働いたのは偉い」として、ご褒美をたくさんもらった。しかし、ポンタくんたちは、「ご褒美をいただかなくても、仕事を続けたい」と誓った。
最後に、「だって、」以下にご褒美をもらわなくても仕事を続ける理由について、授業中に児童らに書いてもらう内容になっている。
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これが母親の目にとまり、ツイッターで疑義を訴えたというのが今回のニュース。
「ごほうびがもらえなくても、仕事がしたいです。」
というのがだめなら、
「働いた分の給料は、きちんとください。」
と、小2の道徳の授業で教えますか?笑
確かに、
働いた分だけは報酬がもらえないと困る、
というのは現代日本において叫ばれる問題の1つです。
しかし、
常にあらゆることにおいて、必ず報酬や見返り、つまり対価を求めるような感覚が多くの人に染み着きつつあること、
この点でこそ、僕は疑義を唱えたいですね。
どんな仕事においても、対価が支払われていない、と感じることは必ずあります。
しかし、それはどんな時でも、個人的な意見にしかすぎません。
というのも、対価とは立場や状況によって常に変化し、
一見、具体的なようでとても抽象的な概念だからです。
同じことをしていても、
- やる人が違えば、対価は異なることがあります。
- やる地域が違えば、対価も変わります。
- やるタイミングも、それを左右します。
- 大きな仕事をしても、時給で換算されたりします。
対価とは、
抽象的な概念です。
つまりいくら論争したところで、
答えは見つかりません。
対価の概念は、人によって違うからです。
学校が必ずしも正しいことでなくてはいけない、というような風潮にも個人的には疑問を感じます。
正しくなくてはいけないのは、学校より親です。
だから、
学校での教材に問題があると感じたなら、
むしろ、親が子供にそれをきちんと教えるいいチャンスではないでしょうか。
「対価ばかりを求めちゃいけない。例え対価がなくても、それでもやらなきゃいけないことを、見極めなさい。
でも、今の社会は、意味もなくタダ働きさせられることもあるから、気をつけなさい。」
そう教えればいいだけです
この教材が云々など、解決のしようのないナンセンスな問題です。
やはり、対価は抽象的な概念だからです。
問題のツイートに
「こうして子供たちは給料が無くても働くように洗脳させるのか...」
との意見があるようですが、
洗脳なんていたるところ、そこらじゅうにいくらでもあります。笑
学校が正しい、ってのもそもそも洗脳。
対価というか残業代を求める気持ちだって、テレビやスマホでみたニュースからの洗脳ですよ。昔の人はそれでも問題にせず働いていたし、現代でもアメリカでは残業代なんて出ないんだし。大衆意見に踊らされてる人は多いと思います。
景気が悪く、
満足な給料が得られないから、
経済に対する不満が募り、
やれ残業代だ対価だブラック企業だと
取り沙汰すようになるのです。
大事なことは、
対価は抽象的な概念である、ということです。
その上で各々思うところはあるでしょう。
僕なんかの場合だと、
やらされていることに対価を求めて生きるより、
自分のやりたいことに対価を生み出して生きればいい。
と思います。
僕がいつもおすすめしているネット上の印税収入は、
自分で仕事を生み出し、対価を自分で生み出すビジネスですから、
うまくいけば、より豊かな考えができるようになりますよ。
ベーシックインカムの導入によって、ネット収入に時間がかけやすくなる時代がくるといいんですけどねぇ。。
ま、今でもネットの印税収入は副業としても十分可能なことですから、今からでも取り組まれるといいかもしれません。
もしよかったら、
それに関する僕の知識やノウハウも出品してるので、参考にしてみてくださいネ。
絶対稼げますから。
最後まで読んでくださってありがとうございました。